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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)7142号 判決

大生相互銀行

事実

原告小久保和一は本件土地及び建物の所有者であるところ、右不動産につき昭和二八年十月一日、訴外浅越稔の被告大生相互銀行に対する同年九月四日付消費貸借契約に基く金額三百万円、利息日歩三銭五厘、弁済期同年十一月二日なる債務について、原告が連帯保証をし、債務不履行のときは直ちに強制執行を受けても異議はない旨認諾したという内容の、債務弁済契約公正証書が公証人によつて作成されている。しかしながら、原告は被告銀行と全然取引したことはなく、右訴外浅越を知らず、また他に以上のような契約を締結する代理権または公正証書の作成を嘱託する権限を与えたこともないから、右公正証書は原告の全く知らない間に作成されたものである。よつて原告は被告に対し、原告の被告に対する右連帯保証債務の不存在確認及び右無効の公正証書の原告に対する執行力の排除を求める、と主張した。

被告株式会社大生相互銀行は、原告が不存在を主張する連帯保証債務について、右は昭和二十八年九月四日成立した被告と訴外浅越との間の消費貸借契約に基く三百万円の債務について、原告は同日被告との間に連帯保証契約を締結するとともに、これについて執行認諾の公正証書を作成することを嘱託する権限を訴外相模託殖株式会社に委任し、これに要する委任状及び原告の印鑑証明書を右訴外会社を通じて被告に提出したので、これに基いて原告主張のとおりの公正証書が作成されたものである、と述べ、仮りに右訴外会社に原告を代理する権限が認められず、同会社に右連帯保証契約締結及び右公正証書作成嘱託の委任につき、その権限がなかつたとしても、被告は右訴外会社に右権限があると信じ、且つ、苟くも原告のように一箇の事業を経営する者が、連帯保証について、印鑑証明及び委任状を不用意に発行することは容易に信じられないから、右のように信じたことにつき正当な理由を有する。よつて原告はその責を免れることはできないと抗争した。

理由

先ず被告の主張のように、原告が被告との間に、訴外浅越稔の被告に対する三百万円の債務につき、連帯保証契約を締結してこれにつき公正証書の作成を嘱託する権限を訴外相模託殖株式会社に委任していたか否かについて判断するのに、証拠を綜合すると、次の事実を認定することができる。すなわち、原告は昭和二十八年八月頃訴外相模託殖株式会社に対し、当初約五、六十万円の融資を申し込み、その担保として原告所有の本件不動産を提供することとし、これに要する右不動産の登記済証等の書類を右会社に交付しておいたが、昭和二十八年八月二十九日右訴外会社の係員が原告宅を訪れ、たまたま原告が不在であつたのでその妻小久保ナスコに対し、先に原告が右訴外会社に提出した書類に印がひとつ足りないから、原告の実印を貸して貰いたいと申し入れ、右ナスコはその言を信じ、原告に無断でこれを貸与した。原告は帰宅してこの事実を知り、直ちに右実印を右訴外会社より取り戻したが、それより以前に右訴外会社代表者山口健市、不動産部長塩見四郎は、会社の手許に融資金のないこと、及び原告の提供するという担保物の価値が融資額と比べて相当に高価であるということから、訴外油谷産業株式会社の代表取締役である訴外油谷国政及び右塩見の友人である訴外浅越稔と相謀つて、原告に秘して、原告の提供するという担保を、右油谷産業株式会社の取引先である被告銀行に担保として差入れ、訴外浅越を主債務者、原告及び油谷産業株式会社と右訴外油谷国政を連帯保証人として、被告から担保物の価格相当の多額の融資を受けて、そのうちから原告への貸付金を捻出し、その余を自己において保有しようと考え、このことは原告に秘したまま、前記のように原告の妻から交付を受けた原告の登録済印章を使用して、ほしいままに右訴外浅越が主債務者となつて被告から金三百万円を借り受け、そのうち六十万円を訴外相模託殖株式会社が油谷産業株式会社より借り受けることとし、その結果、被告銀行の支店において、被告の係員が訴外浅越及び同油谷立会のもとに、原告の氏名を冒署し、原告の右実印をほしいままにその名下に押捺して、右浅越の被告に対する三百万円の債務について、原告が連帯保証をした旨の公正証書の作成を嘱託する委任状、原告の印鑑証明書が作成され、これに基いて原告主張のとおり公正証書が作成され、その後同年十二月初旬頃訴外相模託殖株式会社から金三十万円が原告に貸し付けられた。

以上の事実が認められるのであつて、この認定を左右する証拠はない。

次に被告は仮定的に表見代理の主張をするので、これについて判断をする。各証拠によれば、原告は訴外相模託殖株式会社から三十万円を借り受け、その担保として本件不動産に抵当権を設定することを承諾し、これに必要な登記済証その他の書類を右訴外会社に交付しておいたのであるから、右担保権設定手続をなす代理権を右訴外会社に与えていたことは明瞭であり、右訴外会社が原告の妻小久保ナスコより前記のような経過で預つた原告の実印を右登記手続に必要な書類とともに訴外油谷産業株式会社に交付し、同訴外会社の代表取締役である訴外油谷及び浅越がこれらを被告の支店に持参し、原告の代理人と称して前記のとおり委任状、印鑑証明書の作成に立会つたのであるから、被告が右両訴外人に原告のこれら行為を代理する権限があるものと信じたことも疑いのない事実である。しかし、被告が右のように信じたことにつき正当の事由を有していたか否かについては、右のように個人が三百万円という相当多額の連帯保証債務を負担し、且つこれについて自己所有の物件のうえに抵当権を設定する契約の締結について、主たる債務者に代理権を与え、しかも重要な実印をこれに預託することは、両者間に余程密接な関係がある場合に限られるが、証拠によれば、被告は本件不動産の担保価値等については詳細に調査しながら、原告及び主たる債務者である右訴外浅越間の関係については殆んど顧慮した形跡が見うけられないから、被告が取引の相手方の信用を重んずる銀行業者であることも併せ考慮すれば、被告は右訴外油谷及び浅越に原告を代理する権限があると信じたことにつき、正当な理由を有したものということはできないから被告の表見代理の主張は採用できない。

従つて、原告の本件連帯保証債務負担行為は無権代理行為に基くものとして原告に対して無効であるから、本件公正証書も原告の存在しない右連帯保証債務を表示したもので無効である。

よつて、原告が被告に対し、右連帯保証債務の不存在を確認すること、及び右無効の公正証書に基く執行力を排除することを求める本訴請求は何れも正当であるとしてこれを認容した。

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